1 空幕防衛部長の講演概要
 平成29年2月16日(木)14時から約2時間にわたり、グランドヒル市ヶ谷「芙蓉の間」において、航空幕僚監部防衛部長 内倉浩昭空将補を講師としてJAAGA講演会が開催された。今回は「周辺国の情勢と航空自衛隊」と題して、南西域をはじめ日本を取り巻く各種安全保障環境の変化を捉えつつ、航空自衛隊が直面する状況を見据え、丁寧な語り口により、その現状と課題が語られた。
 講師は防大31期生で職種は戦闘機パイロットであり、空幕防衛部防衛課長、5空団司令、総隊司令部防衛部長、統幕防衛計画部副部長を歴任、28年7月より現職にある。講演は、その全体像を聴講者がイメージアップ出来るように、各種写真・地図及び表により説明を加えつつ、以下の項目にそって行われた。

<周辺国の情勢と航空自衛隊>
T 我が国周辺の動向
U 我が国及び同盟国の取り組み
V 空の特性と航空自衛隊の役割
W 航空自衛隊の体制と主な活動等
X 航空自衛隊の課題
Y 平成29年度予算案の概要 (聴講者が十分承知しているとして省略)

2 講演内容
T我が国周辺の動向
 まず、日本の安全保障に係る周辺動向が大きく変化する中で、その変化を時系列で整理し、その変化が日本に与える影響について講師の見解を交えて説明した。
  北朝鮮の核実験・弾道ミサイル等の動向、中国による東シナ海及び南シナ海における諸活動(西沙・南沙諸島)、ロシアの北極圏を念頭に置いた戦略展開等、その概要について一つ一つ具体的事象・案件を踏まえ語ったが、いずれも激しい安全保障環境とその渦中で任務を遂行する空自の姿を如実に示す内容であった。
 日本周辺空域における中国やロシアの航空機等活動の活発化に話が及んだ際は、往年の「空の防人」を任ずるOB等聴講者達の肩に力が入ったためか、その様子を察して、講師自ら「少し背伸びでもしますか」と述べ、会場の雰囲気を和らげ話を進めた。  

U 我が国及び同盟国の取り組み
 我が国及び同盟国の取り組みについては、安倍総理の主導する首脳外交や国家安全保障局の設立、新たに制定された新ガイドライン、安全保障関連法制等の施策、及び、同盟国たる米国のピボット・リバランス政策におけるアジア太平洋地域への関与推移、そしてトランプ政権移行後の日米首脳会談に至るまでの状況について概観した。
 その様な日米同盟関係の深化に併せ、空自と米空軍の関係も戦略・戦術・作戦レベルで重層的かつ緊密な連携が取られていると述べた。各種の連携内容を紹介したが、特に強固な信頼関係に基づく日米エアーパワー間の人的交流について言及した。
 この一例として、空幕長等によるハイレベル協議で培った信頼関係により、東日本大震災で影響を受けた松島基地F-2Bの戦闘機操縦課程の一部を米空軍F16課程で代替する事が可能になった事例を紹介した。
 また、日本の勤務を経験し空自との親密な関係を醸成した陣容が、現在、米軍の枢要な職にあると述べ、太平洋空軍司令官オショネシー大将(元三沢基地司令)、空軍宇宙コマンド司令官レイモンド大将(元5空軍副司令官)、統合参謀本部J3ドーラン中将(前5空軍司令官)、空軍参謀本部A5/8ハリス中将(元5空軍副司令官)の名前を挙げた。特に、講師自身が尉官時代(2空団勤務)、日米共同訓練のためアラスカから飛来し共に訓練を実施したのが若き日のハリス大尉であり、現在、日米間で同様の職責を負う立場にある縁と奇遇について披露した。
 更に、これまで、米空軍参謀本部の常設連絡官は英国・オーストラリア等だけであったが、日米司令部間の連携強化の施策として1等空佐の連絡官を派遣し、太平洋空軍司令部にも1等空佐以下4名の連絡官チームの体制を取り、人的ネットワークの密度がより増していると述べた。

V 空の特性と航空自衛隊の役割
 航空防衛力とは航空優勢を確保することにより全自衛隊の運用環境を整える公共財であると定義し、現代の輸送路としての「空」の特性を踏まえつつ空の安心・安全を守ることの意義・重要性と空自の役割について説明した。
 空自の役割において特に重要な事項として領空主権の確保を挙げ、警察・海保による警察権の行使を間に挟む「陸」「海」の状況と異なり、「空」においては対領空侵犯措置により空自が全面的に対処する役割の厳しさを語った。
 スクランブルの発進回数が冷戦期の最多回数に迫る等、報道される事も多くなったが、大切なのは領空侵犯をさせない事であり、高圧的とも言える対応を継続させる国に対しては、抑制した対処の中にあっても、その時々の状況に応じて適切な対応を取ることが緊要であると述べた。

W 航空自衛隊の体制と主な活動等
 広範多岐にわたる空自の体制と活動について、領空主権確保の諸活動に続き、BMD対処、国際平和協力、特輸機の任務運航と説明を進めた。防衛協力・交流の説明では、日英空軍間初めての訓練やAFFJ(Air Force Forum in Japan) 2016においてアジア太平洋地域の空軍参謀長等を招へいした際にミャンマーからも参加を得た等のトピックスを含め、多くの国々との交流内容を紹介した。
 更に、東南アジア諸国空軍との防衛協力・交流として「能力構築支援」を挙げ、ADA(Air Domain Awareness)を確立出来る能力の構築に関し支援を行っていると述べ、今後は、国際ルールに基づく空自の取組を地域のスタンダードとし、地域全体の安全保障環境の安定化を図っていきたいと語った。
 宇宙利用の推進に係る取り組みについても言及があり、スペースデブリ等の宇宙物体を監視する宇宙状況監視について説明し、防衛省が主導的役割を担う事をあらためて認識する内容であった。
 空自幹部のアカデミックな活動として、幹部学校航空研究センターの研究冊子「エアーパワー研究」の発行を挙げ、空自幹部の論文発表を通じて「知」の蓄積と活用の端緒として意義ある活動と述べた。

X 航空自衛隊の課題
 空自が努力すべき具体的事項として、航空防衛力を発揮する上で脅威となる対象や問題となる事項を見据えつつ、今後、対処すべき課題を整理し列挙した。
「巡航ミサイル対処」「情勢変化に応じた警戒監視体制の整備」「F-2後継機の検討」「航空輸送力の整備」「調達・維持コスト増加への対応」等々、10数項目が挙げられたが、特に強調した課題は女性自衛官の活動をサポートする環境の整備であった。
  現在は空自隊員数に占める割合が6〜7%の女性自衛官を、将来的に10%まで拡大するにあたって、SORAJO(空女)達が安心して任務に打ち込める環境の整備が喫緊の課題であると語り、入間基地に託児所が開設された事を紹介した。
 新島襄が進取の気概を有する妻八重をハンサムウーマンと称したごとく、これからのSORAJO達は溌溂と任務を遂行し空自の一翼を担う事が期待されており、その活動を支える各種施策は大変重要と語った。
 これらの山積する課題を一つ一つ着実に解決していくことが、日本の航空防衛力を進化発展させるために大切と述べ、むすびの言葉として、空自は空の守りにおける「常設の日本代表」であると語り、空自のあるべき姿を総括した。

3 質問及び会長の言葉
 2時間弱の講演の後、聴講者から「統合運用」「戦闘機のベストミックス」等に係る質問がなされたが、いずれも現下の厳しい状勢に対する問題認識と前進する空自に想いを込めたものであり、講師からもそれらの課題に係るビジョンと努力の方向性が語られた。
 最後に、岩ア会長から、「空自の現状と課題に係る丁寧かつ具体的な説明」に対する謝辞と共に、空幕防衛部長の職にある講師を労い自愛を祈念する旨、閉めの挨拶がなされ講演会を終了した。         (記事:杉山(伸)理事)

 

 

JAAGA講演会:空幕防衛部長 内倉 浩昭 空将補