11月4日、米国民は次期大統領に、史上初めてアフリカ系米国人の大統領を選んだ。投票直前までブラッドリー効果などを心配する声もあったが、「変革」を訴え社会の変化を望む若年層や無党派層の支持を集めた、民主党オバマ氏の圧勝という結果となった。
オバマ氏のこれまでの選挙戦における演説等を分析してみると、米本土の安全を最重要視し、現在継続中の対テロ戦争への勝利を追求するという安全保障政策を示している。また、オバマ氏が考える対テロ戦争の主戦場は、イラクではなくアフガンやパキスタンであるとする一方、イラク駐留米軍は就任から16ヶ月以内に撤退させると公約していることから、今後、アフガンなどへの関与をさらに強めていくことが予想される。一方、東アジア地域における外交政策においては、北朝鮮については、核計画の厳正な申告と完全な検証を求める方針を明示し、今後とも6者協議の枠組みを維持すべきとしている。また、中国については、急速な経済成長を続ける同国を主要な競争相手国と位置づけ、広範な協調関係構築の必要性を訴えている。従って、オバマ政権は、これまでブッシュ政権が追求してきた同盟国との蜜月関係よりは、明らかに対話重視の協調外交路線に向かうものと考えられる。一方、わが国に関しては、日米同盟はアジア・太平洋地域の平和と繁栄の土台として強固な関係維持を支持しており、就任直後の麻生総理との電話会談においても、日米同盟の強化が確認されている。
わが国における米軍の再編は、オバマ政権によって何らかの修正が加えられる可能性は否定できないものの、恐らく現在の計画が大きく変化することはないものと予測される。よって、我々航空自衛隊は、日米同盟において期待される役割をしっかりと果たし、実効性をもった戦力発揮に努めていかなければならない。そのために、航空自衛隊も変化を求められていると認識しており、開始されて2年半が過ぎた統合運用を基本に米軍と共同し、わが国防衛を強固なものにすべく、努力を傾注しているところである。
本論においては、これまでの日米協議の状況と在日米軍の再編に関する概要について簡単に整理した上で、現在航空自衛隊が取り組んでいる、あるいは今後予定している運用に関わる活動について紹介する。
1、9.11テロ以降における日米協議の経緯
01(平成13)年の9.11テロ以降、国際テロ活動や大量破壊兵器の拡散などの 新たな脅威の台頭といった安全保障環境の変化に対応するため、日米両国の安 全保障体制の見直しが進められるとともに、同盟としての体制・態勢整備が検討さ れ、日米協議が繰り返されてきた。
これらの日米協議は、日米双方の能力を、時代の変化に合わせて実効的なものに向上させていくという観点から、両国間の安全保障に関する戦略レベルから議論されてきた。特に、わが国は「抑止力の維持」という純粋に軍事的な原則を保持しつつも、「地元負担の軽減(在日米軍の削減)」という、ある意味相反する政治的な配慮をも視野に入れて協議を行ってきた。
これは、わが国とアジア太平洋地域の平和と安全に対して、日米同盟が実効的に機能し続けるために、米国のコミットメントに対する信頼性を向上させるとともに、両国民の幅広い支持が必要との認識に基づいている。
こうした考え方に基づき、これらの日米協議は、日米同盟の方向性について、第1段階として日米両国の共通戦略目標の確認を行い、第2段階として共通戦略目標を達成するための日米の役割・任務・能力の検討を行った。そして第3段階として両国の役割・任務・能力を踏まえた在日米軍の兵力構成の見直しの検討を行い、06(平成18)年5月の「2+2」会合において、「再編実施のための日米のロードマップ」(いわゆるロードマップ)という形で、最終的な取りまとめがなされ、現在、このロードマップに基づき各施策を着実に推進しているところである。
2、航空自衛隊に期待される役割とロードマップに示された具体的項目
これらの日米協議では、あらゆる側面で日米の安全保障・防衛協力の必要性が再確認された。特に、さらなる協力の強化が必要と確認された個別分野のうち、航空自衛隊に期待される、あるいは、今後航空自衛隊が主体的に関わってゆくべきと考え得る分野は次のとおりである。
(1)航空自衛隊に期待される役割
ア 航空自衛隊に期待される分野
(ア)防空
(イ)弾道ミサイル防衛
(ウ)捜索・救難活動
(エ)情報収集・監視・偵察活動
(オ)空港、空域及び周波数帯の使用
(カ)人道救援、復興支援活動(空輸能力)
イ 今後、航空自衛隊が主体的に関わってゆくべきと考え得る分野
(ア)PSIを含む拡散阻止活動
(イ)テロ対策(基地警備力)
(ウ)無人機(UAV)を活用した情報・監視・偵察活動
(2)ロードマップに示された具体的項目 ロードマップでは、緊密な政策及び運用面の調整など、政府全体として取り組むべき措置と、弾道ミサイル防衛をはじめとする自衛隊と米軍の相互運用性の向上など、自衛隊と米軍との間で取り組むべき具体的措置が取りまとめられている。横田基地に代表される関東における空域の再編や普天間基地に代表される沖縄における在日米軍の再編等がそれである。特に、前項で述べた航空自衛隊に期待される役割を踏まえ、在日米軍の再編に取り入れられた具体的項目は次のとおりである。
ア 航空総隊司令部等の横田移転及び共同統合運用調整所の設置
防空及びBMDにおける日米間の情報共有と司令部組織間の連携を
強化する。
イ 弾道ミサイル関連情報の共有
日米双方の弾道ミサイルに関する情報を常時共有する。
ウ Xバンドレーダーの車力配備及び米軍PAC3部隊の嘉手納配備
BMD用移動式レーダー(AN/TPY−2)を空自車力分屯基地へ
配備する他、米陸軍のPAC3部隊を嘉手納基地に配備し、わが国の
BMD能力を向上させる。
エ 横田空域の一部返還及び横田ラプコンへの自衛隊管制官の併置等
横田ラプコンの一部管制権の返還に伴い、これを空自管制官が行う。
オ 米軍嘉手納基地における空自機の共同訓練
地元への騒音の軽減と日米共同訓練の実利を向上させるため嘉手納で
訓練する。
カ 空自基地における米軍機の訓練(訓練移転)
米軍が駐留している地元への負担軽減のため、空自基地へ訓練移転
させる。
3、今後の航空自衛隊の運用態勢
日米協力のさらなる強化のため、ロードマップの進捗と整合を図り、統合幕僚監部及び他自衛隊と連携しつつ、航空自衛隊は次のような取り組みを進めることとしている。
(1)総隊司令部の機能強化(AOC)
防空及びBMDは極めて短時間に対処する必要があり、日米間で必要な情報を迅速に共有することは極めて重要である。このため、米軍との共同統合運用調整を円滑にし、防空及びBMDに関わる司令部組織間の連携を強化する目的で、防空指揮群や作戦情報隊とともに、10(平成22)年度を目途に、総隊司令部を在日米空軍司令部が所在する横田基地へ移転することとされた。しかしながら、総隊司令部等が横田へ移転するだけでこのような連携強化が図れるわけではない。よって、現在、米軍との共同作戦の実効性を高め、かつ総隊として対処すべき任務の多様化に対応するため、従来のように事態生起に対応し開設していたCOCを改め、米軍が実施している24時間恒常的に実施する作戦サイクル(ATOサイクル)を導入し、こうした活動を行うAOC(Air
Operation Center)を総隊司令部に常時開設し機能強化を図る方向で検討をしている。そのモデルはCAOCC、ケニーHQ等である。
(2)BMD
総隊司令官をBMD任務部隊指揮官とするわが国の弾道ミサイル防衛態勢は、SM3やPAC3の発射試験の成功により、装備品を整備する段階から、これを円滑に運用する段階へと移行している。特に、防護対象やその優先順位、指揮統制について日米間で共通の認識を得るため、統合幕僚長を筆頭に総隊司令官、自衛艦隊司令官という高官に加え、内閣官房や外務省の審議官クラス、米国側からは国防省次官補代理をはじめ、MDA、戦略軍、太平洋軍などの将官クラスが一同に会して、セミナー形式で議論を行った。さらに、各級レベルで運用の概念や兆候察知のための情報活動などに関し、検討を繰り返し行っているところである。
また、ペトリオット部隊は、首都圏防空を担任する第1高射群の配備が完了し、実際に第82条の2(弾道ミサイル等の破壊措置)が発令された場合に備えた各種法令手続き等について、関係省庁や地方自治体等と協議、調整を実施しているところである。来年度からは新たな防空準備態勢による運用も開始される予定である。
さらには、FPS-5レーダーは本年度末に初号機が完成予定であり、これを皮切りに1基/年のペースで4基就役するほか、横田移転後のJADGEの本格的運用開始を睨んで、09(平成21)年度から12(平成24)年度までBMD全体システムの総合検証を段階的に行う予定で検討を進めている。加えて、JADGEには車力に配備されたXバンドレーダーなどの情報を連接し、日米の情報を掌握できる態勢の構築が進められている。これにより、総隊司令部におけるBMD運用の役割は、益々重要性を増すこととなるため、今後も、実効的な日米運用態勢の構築に向けて努力をしてゆかねばならないと考えている。
(3)ISR機能の強化
テロとの戦いにおいてはISRが米特殊作戦軍を支援する極めて重要な機能であるとの教訓の下に、米空軍は、今後、敵が彼らの裏をかくことすらできない能力を構築するために、ISR戦略を発表したところである。これによると、米空軍は、世界規模で情報・監視・偵察活動を行い、他に追随を許さないISR能力を確保することを追求している。しかし、当面の間は、こうした能力を米国といえども単独国家で構築することは困難であり、このためには、各戦域におけるISR機能を同盟諸国等と密接に連携・協力する必要があり、極東アジアにおいては、航空自衛隊が保有するISR能力に米軍は期待を寄せている。そのため、BMDや防空に関わるレーダー情報の共有をはじめ、様々なISRの運用分野における日米協力を推進しようとしているところである。
また、今後、航空自衛隊の偵察能力の向上を図るため、F−15の偵察機化を推進するとともに、無人機研究システムによる運用研究を実施している。特に、無人機研究システムの運用研究では、わが国における無人機運航の基礎を得るとともに、新たな偵察機能を用いた偵察活動の確立を目指している。
将来的には、航空自衛隊においても、大型高々度滞空無人機や偵察衛星による戦略情報を収集し、情報の優位性を常に確保しうる態勢の構築について検討をしなければならないと思料している。特に、宇宙基本法の成立により、安全保障面での宇宙利用に道が開けたところであり、情報収集、警戒監視の分野での宇宙利用についても政府レベルで幅広に検討されるべきであり、その中で航空自衛隊の果たすべき役割も明確にされる必要がある。
(4)国際協力活動への積極的な参画
本年12月で満5年になるイラク人道復興支援活動は、年内の任務終了に向けて検討が進められている。これだけの規模の部隊を編成し、かつ長期にわたる航空自衛隊の海外での部隊行動は初めてであったが、任務行動そのものに対する評価はもちろんのこと、空自部隊の士気、規律、プロフェッショナリズム等の質の高さに、米軍をはじめ多くの多国籍軍参加部隊から高い賞賛を受けている。特に、航空自衛隊にとって、多国籍軍及び国連所要の空輸という任務を、全期間、一度も停止することなく継続し得たということは大きな自信となった。また、CAOCへアクセスして多国籍軍の一員として本活動に参画できたことは非常に有意義であり、米国を中心とした同盟国/友好国との間で、わが国の存在価値を印象づけることができ、かつ、信頼を培えたことは、非常に貴重であった。今後は、本活動における航空自衛隊の実績に裏打ちされて、国際協力活動における航空輸送分野での国際貢献は、わが国の得意分野として政策的に推進される可能性がある。よって、航空自衛隊としては、C−X、KC−X等の整備にあわせて支援集団司令部の機能強化を図りつつ、こうした国際社会からの要請に応えるべく準備を進めることとしている。
(5)日米共同訓練の強化(演習、訓練など)
日米双方の基地において移転訓練を行うこととなり、操縦者の技量向上はもとより、双方の戦術の理解及び共同要領、管制要領の慣熟など、日米共同の実効性を向上させる機会が増大している。また、こうした訓練を通して、空域の拡大や管制圏の移譲等も米軍、国交省との間で調整が進んでおり、航空自衛隊はこれを好機と捉え、積極的に本訓練を推進して行くこととしている。さらに、米国アラスカ州やグアムで行っている日米共同訓練は、国内における訓練空域での諸制約を大幅に緩和して、実戦的な環境の中で訓練を行える貴重な場であるとともに、データーリンクや中距離空対空ミサイル等を搭載した戦闘機による新たな戦法を検証する良い機会でもあり、今後も継続して訓練を行っていく予定である。
おわりに
防衛省においては、省改革の議論の中で、運用企画局を廃止し、この機能を統合幕僚監部に取り込む形で運用面における機能強化を図ろうとしている。さらに、防衛力整備部門の一元化も図られようとしている。これまで長く航空幕僚監部で勤務してきたが、全く未知の組織が生まれようとしている感があり、正直に言えば、制服としてどのように努力を注げば良いのか、その対応には不安がある。しかしながら、防衛省をさらに良い組織にするための改革には大きなエネルギーを必要とするものであり、自らの僅少な力でも、わが国の安全を確保するために必要な労力であるならば、幾ばくも惜しむものではない。国家、国民のために汗することを肝に銘じ、防衛省改革(未知のもの)及び大綱・中期議論の開始時期という大変な時期であるものの、ロードマップに示された日米共同の実効性向上にかかる運用面の各種施策を着実に進めるために、全力で邁進する所存である。