一日付の『ボストン・グローブ』紙にも「Japan fires general for WWⅡessay」という記事が出ていました。
こちらの一部の議論には、日本のナショナリズム(「ペイトリオティズム」であっても、日本の場合、「ナショナリズム」とされる場合が多い。)の台頭に強い関心を示したり、或いは、自衛隊の抑制的な防衛力整備努力をも軍国主義の復活兆候として逐一注目したりする傾向があります。これらの関心の高さは、日本が軍事大国化する可能性があると本当に思っているか、或いは、そのような警戒心を表明することで日本の再軍備化を抑制できると考えているということなのでしょう。 過去の歴史を振り返れば否めないことかもしれませんが、少し意識しておく必要がありそうです。
今回の場合、日本発のニュースの少ない昨今、取り上げられるだけでも関心が高いことと言えそうですが、他の米英誌(ニューヨーク・タイムス、ワシントン・タイムス、BBCニュース)も含め、内容的には、今の所、事実関係のみを淡々と紹介している感じでした。 1941年12月7日のパール・ハーバー攻撃のくだりも、「論文によると、フランクリンD.ルーズベルト大統領の仕掛けたトラップにはまったと書いてある。」と説明している程度です。
今から67年前の1941年11月頃、米国のルーズベルト大統領はコーデル・ハル国務長官やヘンリー・スティムソン陸軍長官らとともに、いかにして日本に戦略的に対応すべきかを懸命に画策していたと言われていますし、いわゆる「ハル・ノート」の要求事項は日本を窮地に追い込むための布石であったとの見方もあります。
戦略的に事を運ぶ国の居並ぶ中、わが国は勝ち目の無い戦争に突入してしまったわけですが、そのあたりの駆け引きにも目を背け、ただそれを、「そもそも戦争を始めた日本が悪い。」と自虐的にのみ反省していては日本の将来はありません。国際社会はまさに魑魅魍魎(チミモウリョウ)の世界です。識者はそのような国際関係を「無政府状態」とも称します。 歴史認識にしてもいろんな見方があり、そのような中で自国・国民の生き残りを確保していくには、確かな歴史認識のもと、曇らぬ戦略眼、強かな覚悟、堅固なリーダーシップが必ずや必要です。
今回、立場や時期に問題があったとの指摘もありますが、元幕長は、その立場であればこそ、わが国の生き残りに係わる戦後呪縛のジレンマの数々を強く感じてきたのでしょうし、また、その立場であればこそ、熱き思いを国民に訴えねばという責任感を意識していたのでしょう。そのような点はメディアの報道からはなかなか伝わってこないので残念です。彼の真意は自国の生き残りをかけた国柄のあり方を問おうとしたものだと考えます。今回の件をきっかけにして、国の安全保障問題のあり方についての真剣で素直な議論が活性化していくことをただひたすら祈るのみです。」
(ボストン在住、永岩会員記)