米国ほど、危機管理に関わる意志決定システムを事ある毎に著しく改編してきた国家は他にないと思います。1947年の「国家安全保障法」によって設置された「国家安全保障会議」も、当初のトルーマン大統領から前ブッシュ大統領に至るまで、試行錯誤の連続です。それは新政権も続いており、オバマ大統領は早速ジェームス・ジョーンズ大統領補佐官(安全保障担当)にその大幅な見直しを命じた模様です。国民、国家の安全を確保することは国家のリーダーたる大統領にとって最優先に追求すべき重要課題ですし、その態勢に少しでも瑕疵があると見たら、早急に見直しをせねばと考えるのは国家リーダーとして至極当然なことなのでしょう。ジョーンズ補佐官は「この十年間で世界は激変しており米国の安全を確保するには既存の組織ではもはや対応不可能である。」と強調し、「この見直しは歴代の政権はもとより、ブッシュ政権時代の意志決定システムとは劇的に変更されたものになる。」と述べています。

 細部は未だ明確にされていませんがジョーンズ補佐官のインタビュー内容及び2008年に超党派の議員から提言された「ナショナル・セキュリティ・リフォーム・プロジェクト」等によると主な改正点は以下のようになると考えられます。

  「大統領に対する具申系統を明確にする」
   これは、ブッシュ政権で、特にイラク戦争開始時にしばしば見られたという、
  副大統領等によるいわゆる「バック・チャンネル」を廃するとの意図が強く働
  いていると思われます。

 ・ 「長期的、戦略的視点から米国の国益にかなった政策判断をする。」
   クリントン政権や特に前ブッシュ政権の時のNSCにおいては、事態に直裁
  的に対応する傾向が強く、長期的戦略的な観点に基づいた外交方針を構
  築できなかったと既に厳しい評価がなされています。ニクソン大統領の時に
  はヘンリー・キッシンジャー補佐官と両輪で長期的な戦略に基づき米国の外
  交政策を推進できたとされています。ジョージ・HW・ブッシュ大統領及びブレ
  ント・スコークロフト補佐官の組み合わせの時も、長期的かつ広範に亘る戦
  略的視点の下に政策決定していたといわれています。但し双方ともNSCの他
  の主要メンバーとの意思疎通を欠き、対立が耐えませんでした。

 ・ 「恣意的な情報操作を排除する」
   イラク戦争開始時における大量破壊兵器関連情報の分析及び活用に関し
  て問題があったとの反省に基づくものです。

 ・ 「NSCの所掌範囲を限定せず、現下の複雑多岐の状況に適応できる柔軟な
  機構構成にする。NSCメンバーは固定せず、事態、状況に応じ臨機に参集
  させる」
   米国の国益に影響を与える事象が、サイバー・セキュリティ、エネルギー問
  題、異常気象問題、国家再建、社会基盤再建等、広範多岐に亘る時代にな
  っており、これらのすべてに適切に対応できる体制を構築したいとするもので
  す。これらはいずれもナシヨナル・セキュリティ・カウンシルの課題ですが、未
  だ十分な態勢がとれていないとの反省があります。

 ・ 「NSCの所掌範囲を再整理するとともに省庁間の連携を強化する」
   9.11テロ攻撃の後、ブッシュ政権下において細分化された諸々の機構を
  NSCが包括的に掌握できるようにする。また、関係省庁間で重複している任
  務を整理統合するというものです。また、省庁毎に異なっている世界の地域
  区分については統一したものとする考えです。省益を排除し関係省庁の連
  携の緊密化を図ることも課題とされています。

 国家規模が違うとはいえ、国家の安全を確保するための関連システムを常に最善のものにしようとする取り組み方に関し、米国とわが国との間に大きな温度差があることを感じざるを得ません。わが国の場合、そもそもリスクに曝されているという危機意識が歴史的、地理的、気候風土的に希薄であり、嫌なことは出来れば考えずに済ませたいと考える傾向が無いわけではありません。事態が発生してから危機管理組織の不備を追及する論調が目立ちますが、それでは手遅れです。阪神淡路大震災の貴重な教訓すら、いまや、喉元過ぎて熱さを忘れてしまっている状況ではないでしょうか。

 2006年に誕生した安倍政権において、行政改革の目玉として国家安全保障会議(日本版NSCと称された。)創設の検討が開始されました。この検討は「見直しの必要なし」とする福田政権においてあえなく立ち消えになりました。しかし、本当に関連の見直しは必要なかったのでしょうか? 例えば、省庁間の連携の課題は解決済みでしょうか? 戦略的な政策決心が出来るような体制になっているでしょうか?

 米国のNSC見直しは他人事ではありません。わが国の関連システムを点検する上での極めて有用な議論がなされており、組織の規模こそ異なりますが、米国の課題はわが国の課題でもあります。ジョーンズ補佐官のコメントどおり、この十年で我が国を取り巻く環境も激変しています。政局にかまけて国家の危機管理システムの点検を怠たるわけにはいきません。」  (ボストン在住、永岩会員記)


米国の国家安全保障会議の見直しについて